わずか35日間で、機関投資家によるイーサリアム保有の主導権が移るとは誰も予想できませんでした。
BitMineはTom Leeの指導のもと、その快挙を実現しました。かつては目立たなかったNASDAQ上場企業ながら、PIPEファイナンスと三度にわたる戦略的な蓄積を駆使し、ETH保有枚数をゼロから83万枚へ急拡大。SharpLinkを上回り、世界最大のETHトレジャリーに躍り出ました。
この争いは単なる数字の競争ではありません。根本的に異なる資本モデル同士の対決でもあります。SharpLinkは「暗号ベテラン」らしく、着実にコインを蓄え、価格上昇を待つスタイル。一方BitMineはウォール街流の手法で物語を駆使し、利益の最大化を狙います。低コスト・堅実保有型と高レバレッジ・ストーリー主導型――両者の世界観が激しくぶつかっています。
両者の違いはETHの取得方法にとどまりません。次なる暗号金融の潮流において、誰がETH価格をリードする権限を握るのか――その答えを巡って競い合っています。
私たちはこの業界のダイナミックな変化を多角的に分析しました。
BitMineがウォール街流の戦略的進出を体現するなら、SharpLinkはETH創設コミュニティの論理と伝統を担っています。
両社の違いは蓄積のリズムや情報開示、物語の構築手法だけでなく、そもそもの背景・目的に根本的な隔たりがあります。
SharpLinkの長期保有者はコインを長期にわたり保持し、意思決定のスピードが遅くなっています。同社の株主構成はイーサリアム・エコシステム全体の資本を網羅しています。
第一グループはETH発祥派。Consensys(ETH共同創設者Joseph Lubinが設立)がMetaMaskやInfura等の主要インフラを管理し、LubinはSharpLinkの取締役会会長でもあります。第二はインフラ派。Pantera、Arrington、PrimitiveなどがLayer2、DeFiプロトコル、クロスチェーンインフラを重視。第三は金融化派。Galaxy Digital、GSR、Ondo Financeらが機関向け投資・デリバティブ・カストディ事業を展開し、ETH保有分を運用型・収益資産化しています。
この資本ネットワークはSharpLinkの「ETHトレジャリー」物語を支えると同時に、買付・ステーキング・売却の資金力・戦略にもレバレッジをもたらし、ウォール街へETHストーリーを架け橋しています。
SharpLinkの初期ETH取得戦略は、こうした暗号ベテランらしさを象徴します。資金は主に内部ウォレット間の転送で、市場での直接購入はせず。1回あたりの取引額は小さく、長期間に分散。安全性・流動性・監査体制の管理を厳格に重視しました。
財務諸表やオンチェーンデータによると、SharpLinkのETH取得単価平均は1,500~1,800ドル、初期保有分には1,000ドル未満も含まれます。株主層は「長期保有者」が大半であり、価格が4,000ドルに迫れば売り圧力が高まるのは自然です。
さらに2025年6月12日、SharpLinkはS-ASRを申請。登録が有効になり次第、株式売却が直ちに可能となります。
この進め方自体に問題はありませんが、次の3つの課題が伴います。①OG(ベテラン)組織はコスト・利益率を重視し、急騰時に利益確定売りを選択しやすい。②OGネットワークは閉鎖的かつ慎重な情報流通を好み、ストーリー推進には消極的。③オンチェーン重視のため、財務報告や資本市場連動が遅れがち。
これが、2025年第3四半期にSharpLinkがBitMineの「開示―資金調達―蓄積―価格牽引」型アプローチに後れを取った理由です。
Vitalik Buterin, image credit: coingecko
対してBitMineは、ウォール街を代表する資本プレーヤーとしてETH市場に参入。PIPEは現金・ワラント・ETH購読を組み合わせた複合的な金融設計。Galaxy Digital、ARK Invest、Founders Fundら米国の大手投資家が参加し、トークン割り当ての透明性、ロックアップ期間の設定など、評価モデルの信頼性を担保しました。
経営陣には投資銀行・PE・ヘッジファンド出身者が多数在籍し、PIPE案件・規制アービトラージ・周期的リファイナンスに精通。彼らにとってETHは単なる「デジタル通貨」ではなく、価格付け・取引・転換が可能な新たな金融資産です。
暗号ベテランとウォール街の対立は、動機だけでなくスピードにも現れます。
SharpLinkは「ベテラン保有ETHだけでは十分か?」と自問するようになりました。
新たな答えを見いだしたSharpLinkは、8月7日にウォール街機関投資家による2億ドル規模の登録直接増資を受け入れました。
これにより、イーサリアム物語の主導権が「ベテラン」から、金融・ストーリーテリング・構造に長けた資本へと移ったことが鮮明になりました。
BitMineが常に覇権を握るとは限りませんが、ETH価格の次期主導権は旧来のベテラン勢ではなく、物語構造を設計しウォール街資本を呼び込める存在が握ることは明らかです。
2025年7月1日時点でBitMineのETH保有数はゼロ。それが8月5日には83万3,137枚と発表――わずか35日でSharpLinkを抜き、世界最大級のイーサリアムトレジャリーとなりました。
BitMineの戦術は極めて緻密でした。35日間の急拡大期、ほぼ毎週のようにプレス発表――すべて台本通りに進行:第1週(7月1~7日)PIPEファイナンス2億5千万ドル調達、初回約15万ETH取得。第2週(7月8~14日)さらに26万6千ETH、累計56万枚超。第3週(7月15~21日)さらに27万2千ETH追加し83万枚突破。
四半期ごとの通常報告ではなく、メディア・公式サイト・投資家コミュニケーションを通じて積極的に情報開示。「大規模にETHを買い進め、機関投資主導の蓄積を牽引している」ことを明確に伝えました。
これは従来型トレジャリー企業の「報告待ち」姿勢を捨て、物語主導型の戦略へと転換した表れです。
さらにBitMineの蓄積は市場サイクルと密接に連動。無差別の買付ではなく、価格調整時に戦略的にETHを取得。PIPE申請によれば平均取得単価は3,491ドル――局所高値を避け、新たな上昇前にETHを確保しました。
Galaxy Digitalの全面協力のもと、OTC取引、オンチェーン決済、カストディサービスを活用し、BitMineは市場価格への急激な影響を抑え、大口ETH蓄積を効率化しました。
その結果、BitMineの株価も急騰。7月初め4ドルから8月には41ドルへと、900%超の上昇を記録。時価総額も2億ドル未満から30億ドル以上に拡大しました。
さらに、BitMineの保有発表後には株価・ETH現物価格も並行して大きく上昇。「BitMineが買い進めるとETH価格が上がる」という市場論理が定着し、物語ループが強化されました。
この好循環――市場期待・積極開示・資産蓄積・価格フィードバック――は、ウォール街において「時価総額再発明」の好例とされています。BitMineは単なる企業価値の刷新にとどまらず、ETHトレジャリーを巡る物語権力そのものの再定義にも成功しました。
BitMineは単なるETH保有会社ではなく、機関ETHストラクチャリングの中心拠点となりつつあります。市場からの承認を待つのではなく、タイミング・開示・メッセージ・構造・評価枠組みを巧みに設計し、市場受容を「創造」しました。
これは受動的な蓄積ではなく、設計された価格牽引そのものです。
ゼロ保有から企業価値牽引へ――BitMineは35日間で機関蓄積フレームワークを確立しました。
イーサリアム次世代強気相場の金融モデルの原型となる可能性も十分にあります。
Fundstrat Global Advisorsの共同創設者兼リサーチ責任者として、Tom Leeは米国株式市場と暗号資産分野を結ぶ旗手として知られます。マクロ分析とメディア戦略に優れ、特に強気の物語を「説得力あるもの」に仕立て上げる巧みさが際立っています。
Leeの評価は「予想の正確性」ではなく、「高頻度・高インパクトのメッセージ発信力」に支えられています。「Tom Leeは正解を出す必要はない。記憶に残ること、周囲より一歩先にいることが重要だ」と評されています。
彼の主力ツールがBitcoin Misery Index(BMI)。これは取引量・リターン・ボラティリティを用いて市場心理の痛痒を数値化します。
BMIの本質は価格予測ではなく、Leeの強気ストーリーの正当性を示すこと。例えばBMIが27未満なら「長期保有者にとって底値シグナル」、80以上なら「構造的な強気局面」と解釈。価格が下がれば「センチメントはまだ完全に切り替わっていない」、上がれば「オンチェーン構造が健全化した」と論じます。
上昇・下落どちらの局面でも、Leeは一貫して強気の視点を貫きます。
Tom Lee, image credit: coingape
Leeの「構造的強気コール」には一貫したパターンがあります。
必ず新しい価格目標を提示します。2017年はビットコイン25万ドル(2022年まで)、2021年は20万ドル(2024年まで)と予測。市場が遅れれば、半減期・インフレ・FRB政策などの要因を挙げて目標達成時期を後ろ倒し、根拠を随時アップデートします。
プラットフォーム連携・出演頻度も最大限活用。CNBC Fast Money常連、Bloomberg解説役、Twitter(@fundstrat)で日々発信、YouTubeでのインタビューやデータ分析、Fundstrat公式サイトにもチャート式まとめを掲載し、メディア露出を最適化します。
感情アプローチで個人投資家を動かし、物語設計で機関投資家を引き込む。個人は「底値コール」を待ち、機関は「構造シグナル」を重視。Leeはターゲットごとに多層的な文脈を用意。暴落局面では「機関の買い場」を強調し、個人向けには「半減期前のエントリー」を訴えます。
こうしてLeeは予測者から「物語設計者」へ転身。単なる「価格上昇」予測ではなく「構造がそれを支える」と説き、ETHは「新技術株のアンカー」、BTCは「デジタルゴールド」と位置付けます。強気の予測を「信念型資産評価」へ昇華させます。
2024~2025年のイーサリアム物語においてもLeeは重要なインフルエンサー。「ETHは買い」と断言するだけでなく、「ETHが企業バランスシートの一部になる」と主張し、BitMine流のストーリードリブン戦略を直接支えています。
BitMineの躍進にもLee流の発信の特徴が随所に表れています。ETH-per-shareなど「構造指標」の活用、サイクルロジックによる急騰根拠の提示、アグレッシブな高コスト戦術も「機関参入」で包み隠すなど、まさに物語設計者です。
Tom Leeは物語の覇者――その真価は精度ではなく、インパクトです。
伝統的金融は、収益性やキャッシュフローに資産価格が連動します。一方で暗号資産は、価格が価値を先導し、物語が評価の軸となります。
BitMineの躍進は単なるバランスシート変化にとどまらず、「機関がETHとどう向き合うか」という物語自体を刷新しました。SharpLinkは着実なオンチェーン蓄積に徹し、BitMineは構造化取引とセンチメントサイクルで「コンセンサスのバトン」を短期間で手渡しました。
問われるべきは誠実さではなく、「誰がより迅速・効果的に暗号資産を金融資産として再定義できるか」であり、その能力です。
水面下では物語競争が更に激化しています。ETHの長期評価をウォール街で誰が定着させるのか、ETH-per-shareモデルを標準化するのは誰か、流動性ストーリーを安定収益化できるのは誰か、そして機関投資家向けETH価格決定の規範を握るのは誰か。
答えは市場が決します。確かなのは、「イーサリアム・トレジャリー争奪戦」はもはやオンチェーン信仰だけのものではなくなったという事実です。
ETH価格の上限は、最初のベテラン強気派ではなく、ウォール街の物語設計者が握っています。